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オピニオン
コモディティ化は発明の母・・・ですね!
コモディティ化は発明の母・・・ですね!

久しぶりのエントリです。久しぶりに楽しい時間を友人と過ごせたので、その時の話題から思ったことを書き留めようかと・・・。 エンジニアも研究者もプロフェッショナルを目指す・・・しかしいずれは教える立場になり、誰でもわかる言語でバカでもできるように教える必要がでてくる。しかし教えるという作業には得意・不得意があるから、その知識をパブリッシュし、誰でもその知識・技術を利用してまずは真似事ができる環境作る必要があるんじゃないか、

カッコイイ研究者 浅川 智恵子さん
カッコイイ研究者 浅川 智恵子さん

帰宅してふとつけたNHKでプロフェッショナルをやっていたのですが、出演されていた浅川智恵子さんに強いインパクトを受けました。盲目でありながら日本人唯一のIBMフェロー。そして視覚障害者、高齢者向けのウェブユーザーインターフェイスの開発研究をリーダーとして進めている方でした。僕の大好きなIBMのThinkPadを使いこなし、健常者を越えるスピードで仕事をこなし、新たな技術を生み出す力・・・素直にカッコイイ。と思いました。 多くの独立行政法人が趣味の研究に多額の研究費・国家予算を使う中、IBMという民間企業で世界の先端を行く技術開発をする浅川さん、元々文系だったのにもかかわらず超工学系のIBMで1からコンピュータをマスターするという凄まじい努力に心を打たれました。 僕もバイオ系の出身でコンピュータは全くの無知でしたが、目的のための手段として日々努力してさらに技術を磨いて、世の中に求められるサービスを創り出さなければと、大きなエネルギーをいただきました。 視覚障害者の方にウェブを利用していただく1つの手法として、各ページを説明するテキストをAptureのように別途レイヤーを重ねて組み込む手法がありなのではと思いました。サイト制作者はflashを使ったり、必ずしも画像にテキスト説明を入れませんから、それらをフォローする情報をwikipediaのようにボランティアが入力し、それをレイヤー化する・・・これらの情報のボリュームが多いほど、googleやyahooなどの検索結果上位に表示されるようなアルゴリズムを採用してくれるようになれば、世の中は大きく変わると思います。SEOを意識する企業は自らこのようなナビレイヤーを作成するでしょうし、ユニバーサルユーザーインターフェイスがマーケティングに直結するようになるようになれば、新しいマーケットをそこに築くことにもなります。僕のようなメディカルな視点の人間は、映像情報を視神経に直接入力するデバイスを開発する・・・という方向に考えが向きますが、現状のインフラで目的を実現するには浅川さんの取り組みが非常に有効だと思います。 ぜひ実現させて、ウェブをより多くの人が利用するフラットな世界を構築していただきたいです!

高速無料化 = 無駄な道路メンテ工事の廃止
高速無料化 = 無駄な道路メンテ工事の廃止

この券、初めて見たときは本物かと思いました。弊社に融資していただいている方に面会するため、山崎養世さん(高速道路無料化を提言している政治家)の事務所へ伺った時に拝見しました。 最近、TVでも山崎氏を見かけたことがありますが、無料化するための財源確保はどうするか?という討論をしていました。僕はもちろん個人的にも無料化してほしいですし、地方都市の観光振興のためにも行うべきだと思います。一方、国民が一番いらないかつ迷惑と感じているのは、年末・年度末の不要な道路修復工事でしょう。予算は使い切るためにあるものという文化をいい加減なくして、予算をなくしてしまえ!ということです。そしてそこで財源確保して高速無料化したら簡単に実現するのではと思います。土建屋はいい加減ビジネスモデル・事業そのものの転換期に来たということを認識して別の稼ぎ方を模索しましょうということです。強引すぎるというなら車一台あたり年間10,000円定額で乗り放題にするとか?

憧れのセンパイ・・・今ではプロバスケ選手です。
憧れのセンパイ・・・今ではプロバスケ選手です。

プロバスケリーグで活躍している小学校からの憧れのセンパイ 上村健太さんです。学年は2つ上ですが、僕がバスケを始めたキッカケにもなった人で、そのプレイはまさにマイケルジョーダンでした。 小・中と同じでバスケ部の主将をしていて、そのオーラとカッコよさは今でも忘れません。高校でも試合会場で一緒になったり対戦したこともありましたが、ウチの高校はボコボコ点を入れられ完敗でした。もちろんスポーツ推薦で大学に進学し、大学リーグでも大活躍していたようです。 上村センパイは、スラムダンクの流川じゃありませんが小学校の時から毎日のように近所のバスケコート(土の斜面にあるため下はデコボコでまともにドリブルもできない)で朝から晩まで練習していたのを覚えています。中学生なのに試合でエンドラインから端のゴールまで一気にパスを投げるようなオフェンスをしたり、ノールックで後向きにシュートをしたり、「超人」の言葉がピッタリ。憧れないわけがありません。 ただバスケが上手いだけでは憧れになるとは思いません。その人間性やオーラは人を引きつける重要な要素です。企業でも学校でも、スターになる人はスターになるべくしてなる。僕はそんなオーラも魅力もないし、なれないこともわかっているので、スター性を持っている人と一緒に仕事をできれば、その会社に人が集まってくると考えています。カリスマ経営者は必要なくてもカリスマ社員は必要ということです。 いつの日かセンパイに再びお会いする日までに、自分の行動が人に語れる結果になっているよう努力していきたいと思います。

電力会社は電気を売るのではなくサービスを売れ という発想
電力会社は電気を売るのではなくサービスを売れ という発想

昨年のHBRになりますが、電力会社の新たなビジネスモデルについての興味深い記事があったので紹介します。 「電力会社はサービスを売れ」…最初は電力以外の事業を始めろということかと思いましたが、記事を読むと合理的発想であることがわかりました。日本でも東京電力を代表としてエコをアピールするために消費電力を抑えるよう啓蒙しているが、裏を返せば自分たちの収益を減らしてくれ!とコンシューマーに嘆願しているようなものです。オカシイと思ってきた人は僕だけではないと思います。 以前に東電柏崎原発に見学に行った友人は、電力会社は実は発電した電力が常に余っているため、使ってくれてもそうじゃなくても電気の供給サイドコストは変わらないそうです。需要量が減ったほうが蓄電池などへのインフラ投資も必要なくなるため、コスト削減・・・でもそれはマーケットを縮小する方向になり結果的に売上・利益が減るのでは?と・・・まぁ国営企業みたいなもんだから経営的観点なんてほとんど気にしていないと言ったらそれまでですが。 日本でも家庭における太陽光発電の電力を高額で電力会社に買い取らせるなど、まさに「規模の経済を前提としたビジネスモデル」が限界にきています。苦肉の策として電力料金を引き上げるなんてことは国民も国も許容するとは思えません。しかし公益企業が破綻することを防ぐもしくは救急処置することに対しての国家財政負担はJALの惨状を見てもわかります。そう、潰すことはできないのですから、彼ら自身が新しいビジネスモデルにシフトしなくてはいけない転換期なのです。 このHBRの記事で書かれていた提案は「電力消費量による課金ではなく、電力インフラ使用時間による課金」という根本的な課金システムの転換でした。スマートグリッド・省エネ家電製品・家庭用発電システムの普及により消費電力を押さえることは電力会社のコスト減になり利益を大きくするため、エネルギー会社は家庭向け発電システムの導入を推進し、さらなる技術開発・販売にも努めるようになる。家庭側は家庭での発電量を増やすことでその販売収入によってエネルギーコストを抑える努力を行うことが可能になる。もちろんこの際には新しいセンサーを各家庭に設置する必要がありますが。 このビジネスモデルは、世の中の流れとスマートグリッドという情報技術の開発によって、今が「その時」と考えられているようです。僕もこのモデルに賛同したいと思いますし、コンサルの力を借りることなくエネルギー会社自身で改革を進めていってほしいと思います。

「“うつ”が“うつ”をいじめる」はホント!
「“うつ”が“うつ”をいじめる」はホント!

中川昭一氏のシドロモドロの会見は、酒や風邪薬のせいだったのかということは知りませんが、最終的に自殺まで追い込まれた原因は、単なるアルコール依存症ではなく、裏にはうつ病などの精神疾患が関連していたのではという推測が多々あります。 うつ病の患者に「頑張れ」は禁句のようですが、それ以上にうつ病患者や元うつ病患者は、他のうつ病患者をいじめる という構図があることに衝撃を受けました。 まともな精神科医が少ないことも問題ですが、うつ病疾患率の高い職場は、ネガティブフィードバックによって負のスパイラルに陥るという最悪の構造が問題だと思います。 実は弊社はどういうわけか精神疾患に罹患もしくは寸前の方と一緒に仕事をしていた経験が多く、彼らは決まって他人を非難し、責任を放棄する傾向がありました。そう、この非難する行動は、特にうつ病患者同士で起こると最悪な事態になります。 僕の相方の職場での話ですが、同じポジションに女性Aさんと男性Bさんがいて、先にAさんがうつ病になってしまい、無断欠勤・遅刻が頻繁になっていました。そこでBさんはAさんを気遣い仕事もフォローし、心配して話を聞いていたそうですが、そのうちAさんは治療の結果ある程度職場に復帰できる状態になりました。しかし、Aさんは決定事項・確認事項を同じ部署内のBさんに相談せずに直接社長に確認をとって1人で仕事を進めてしまい、Bさんは立場がなくなってしまうという事態になり、それが原因となりBさん自身がうつ病になってしまったのです。Aさんは自分がうつ病を引き起こした元凶であるにもかかわらず、Bさんをフォローしたり連絡することもせず、上司にBさんの解雇を進言するような卑劣ぶり。まるで自分がうつ病だったことを忘れているような態度だったらしいのです。今ではAさんも再びうつ病が再発したのか無断欠勤が頻発して最悪な状況らしいですが・・・。 きっと中川昭一さんの時は、ネガティブで誹謗中傷を喚起するような記事を書くことでストレスを発散しているマスコミというイジメ屋が、中川さんを自殺へ追い込んだのでしょう。 自分より優れた人が不幸に見舞われるシナリオでは、 報酬を得たときに心地よいと感じる「線条体」という部位が活性化したことがわかったそうです。これは科学的にも合理的行動らしいです。 そのうち企業内でも、うつ病患者がうつ病患者を自殺に追い込むなんてことになるんでしょうね。 某外資系コンサルに勤務する友人も、まともな意志決定ができないくらい疲労困憊している様子で、うつ病の兆候なのか僕の態度や発言を強く非難してケンカ別れするということが最近ありました。睡眠時間の短さを自慢する会社・・・ただ生産性の低さをPRしているだけだと気づきましょう。

必要だと思うモノを、必要な分だけ、必要な人に
必要だと思うモノを、必要な分だけ、必要な人に

僕は24時間テレビという番組が大嫌いです。芸能人がマラソンをすることとチャリティーとは関係ないし・・・などという理由はどうでもいいのですが、NPOやNGO対する寄付は中間コストがかかり最終受益者へ渡る時には大幅な減量をして形を変えてしまうというのが常でしょう。以前、慶應大にいたインド人の友人がトレース可能なウェブ寄付ツールを考案していたことがありますが、それはGoogleMap上で寄付したい国と場所・施設を選び、そこに自分が寄付したいモノを選んでオンライン決済で贈ると、実際にGoogleMap上でその地点に贈ったモノが表示されるという、寄付のトレーサビリティ、ダイレクト性、ビジュアライゼーションを実現した素晴らしい構想だと感銘を受けていました。これがその当時のプラン資料です。 その後、オンラインドネーションは一般的になりましたが、いまいち透明性に不安があるのが現状のように感じます。 そして、最近見たプロジェクトで素敵だと思ったのが、「夢の病院をつくろうプロジェクト」です。 これはNPOが主催しているのですが、寄付の意志決定を寄付者本人が決めて、「必要だと思うモノを、必要なだけ、必要な人に」贈ることができるようになっており、1から理想の病院を作り上げることができる素晴らしいプロジェクトです。成育医療センターなど、すでに必要十分な施設が存在するのでプロジェクトの必要性には疑問があり、目標の10億円も必要な金額なのかと突っ込みたいですが、そのスキームはモデルケースになると思いました。 このスキームは、私の構想している医療技術・先端技術の実用化支援スキームに活用できるのでは思っています。実現したいミライに対して、必要な技術をリストアップし、そこに対してユーザーがレビュー・ボーティング・ドネーション、さらにはインベスティングを行い、技術実用化を促進するフローを創り出せるのではと構想しています。ウェブを使えば、NPO法人などというコストテイキングな手法をとらなくても、ランニングコストをかなり抑えて目的を果たせると確信しています。この考えには元マイクロソフト社長で現在慶應大大学院の教授でいらっしゃる古川先生も賛同してくださっていて、早く実現したいと強く思っています

家族写真を撮る習慣・飾る習慣
家族写真を撮る習慣・飾る習慣

皆様、新年明けましておめでとうございます。 正月は家でぐーたらするのがイヤなアウトドア派な私は、例年は信州の祖父母のところへ行き、雪遊びに興じたり、スキーに行ったりといった新年を過ごしていたわけですが、さすがに大学・社会人ともなると地元千葉で過ごす新年が多くなっています。 大学時代に某ビジネスコンテストでお会いしたことのあるシニアビジネスの大家 村田裕之氏のブログ「スマートシニア・ビジネスレビュー」を覗いてみたところ、興味深い記事がありました。「アメリカ人の壁写真の意味」というタイトルで、家族の壁写真を飾る文化の日米比較について書かれてあり、ふとわが家のことを考えてみたのでした。 わが家では、小さいころから長期休暇の度に信州の祖父母のところへ行き、畑仕事・田んぼ・山仕事と田舎生活を満喫し、必ず帰る前に家族全員で写真撮影をしたのでした。下は約20年間のウチの家族です。 やはり孫が小さい頃は写真を撮る回数も多く、アルバムが何冊もあったことを記憶しています。しかし高校にもなると何故か家族全員で写真を撮るということが少なくなり、家族の絆みたいなものが段々と表面意識上は薄れていくような気がします。 村田氏のコメントのようにアメリカは独立する時期が早く、家族と離れているからこそ家族の写真を家に飾り、絆を意識するという文化が日本でも根付くといいなぁと思います。ふと家族の写真を見る文化が根付くと犯罪も減るんじゃないでしょうか?ハッキリと愛情表現ができない日本人にとって、さりげなく愛情を表現する良い方法はないものですかねぇ。正月ということですが、年賀状のような形式上の文化には僕は全然意味がないと思っています。郵便局も年賀状を売るのに必死ですし、メール・ネットというツールに年賀状・雑誌・新聞・テレビが駆逐される日へのカウントダウンが確実に始まっていますね。(大歓迎です!)